本当はもう、バチカルには来たくなかった。 ここに来たら、運が悪ければ、あの人たちに会ってしまうから……。 あの人たちに会うのが……怖い。 だから、今すぐにもここを立ち去りたい。 そんな思いを押し殺して今、ここにいた。 バチカル城の謁見の間に……。 〜Shining Rain〜 「……そちらの書状、確かに目を通した」 重い口を開いてインゴベルトはそう言った。 謁見の間には他にもアルバイン内務大臣、ゴールドバーグ将軍、そしてモースまでもがいた。 「だが、第六譜石に詠まれた預言と、そちらの主張は食い違うようだが?」 「預言はもう、役に立ちません」 そう言ってアッシュは前へと出た。 「……私が生まれたことで、預言は狂い始めました」 「……レプリカ、か」 インゴベルトは眉間に皺を刻んで、アッシュを見つめた。 気味が悪い、そう思われても仕方ないとアッシュは思っている。 「陛下」 ナタリアが前に進み出ると、インゴベルトはナタリアへと視線を向けた。 「もはや、預言に縋っても繁栄は得られません。今こそ国を治める者の手腕が問われるときです。この時の為に、わたくしたち王族はいるのではありませんの? 少なくとも、預言に胡坐を掻いて贅沢に暮らすことが王家の務めではないはずです!」 それにインゴベルトは深く、そして長い溜息をついた。 「……私に何をしろというのだ」 「マルクトと平和条約を結び、外殻を魔界へ降ろすことを許可していただきたいです」 ルークがそう言うとアルバインの顔色が変わった。 「なんということを言うか! マルクト帝国は長年の敵国。そのようなことを申すとは、やはり売国奴どもよ!」 「騙されてはなりませぞ、陛下。彼奴らはマルクトに鼻薬を嗅がされたのでしょう。所詮は王家の血を引かぬ偽者の戯言――」 「黙りなさい。血統だけにこだわる愚か者」 畳み掛けるように言葉を続けるモースにイオンは静かだがよく通る声でそれを黙らせた。 「陛下。生まれながらの王女などいませんよ。そうあろうと努力したものだけが、王女と呼ばれるに足りる品格を得られるのです」 ジェイドはナタリアを見ながら、そう言った。 インゴベルトは何も答えないが、その瞳は真っ直ぐにナタリアを見つめていた。 「お父様」 ナタリアは恐る恐るそう口を開いた。 「ジェイドの言う品性が、わたくしにあるかはわかりません。でも、わたくしはお父様のお傍で十七年間育てられました。その年月にかけて、わたくしは誇りを持って宣言しますわ」 「…………」 それをインゴベルトは黙って聞いている。 「生まれがどうであっても、わたくしはわたくしなのです!」 それを教えてくれたのは、自分の傍に立つ夕焼けのように赤い長髪の少年だ。 ナタリアがゆっくりと深呼吸をすると、アッシュは背中を優しく押してくれた。 それが、ナタリアに勇気を与える。 「……わたくしは、この国とお父様を愛するが故に、マルクトとの和平と大地の降下を望んでいるのです」 そうナタリアが言い終わると、辺りは静まり返り長い沈黙が訪れる。 その間も、インゴベルトはナタリアを見つめ、ナタリアもそれを見つめ返した。 自分が父と信じてきた人物を……。 すると、 「…………よかろう」 インゴベルトは、溜息をつくような感じでそう言った。 その言葉にモースらの顔色が変わる。 「なりません、陛下!」 「こやつらの戯言など――」 「黙れ!!」 モースの言葉を遮って、インゴベルトは大声で怒鳴った。 それはルークが今までに聞いたことのないくらい程の大声だった。 「我が娘の言葉を、戯言などと愚弄するな!!」 インゴベルトの剣幕にモースたちは絶句した。 「……お父……様……」 そう言ったナタリアの声は嬉しさで震えていた。 自分のことをインゴベルトは娘だと言ってくれたのだ。 「……ナタリア。おまえは私が忘れていた国を憂う気持ちを思い出させてくれた」 インゴベルトは少しやつれた顔に優しい笑みを浮かべてナタリアにそう言った。 ナタリアの瞳が潤む。 「お父様、わたくしは……わたくしは……王女でなかったことより、お父様の娘でないことのほうが……つらかった…………」 ずっと、堪えていた涙がついに溢れ、ナタリアの頬を濡らした。 インゴベルトは玉座から降りるとナタリアに歩み寄り、そっと頬に手を添えた。 「……確かにおまえは、私の血を引いていないかもしれぬ。だが……おまえと過ごした時間は……おまえが私を父と呼んでくれた瞬間は……忘れられぬ」 ふと、視線を変えると夕焼けのように赤い長髪の少年が静かに頷いていた。 「お父様…………!」 ナタリアがインゴベルトの胸に飛び込み、二人は固く抱き合った。 モースは小さく舌打ちを打つとさっさと謁見の間を出て行った。 「……行こう」 小さな声でティアたちに囁いたアッシュは踵を返して、謁見の間を出ようとした。 今は二人だけにしてあげようと思って……。 すると、 「ルーク!!」 アッシュが扉に近づく前に扉が勢いよく開いた。 そこから、現れたのはシュザンヌとファブレ公爵。 (父上……母上…………) 二人の姿を見たアッシュは動けなくなった。 「ああっ、ルーク! 生きていたのね!!」 シュザンヌはルークへと駆け寄り、ルークに縋るようにして触った。 「はい……。心配かけてすみませんでした、母上」 それにされるままになりながら、ルークは答えた。 「よかった、本当によかった!」 声を震わせてそういうシュザンヌ。 それにアッシュは胸を締め付けられるように痛んだ。 わかっている。 あのときは、俺が『ルーク』として育てられたから、二人は受け入れてくれたのだ。 でも、今は……。 アッシュは皆に気付かれないようにゆっくりと後ろへと下がった。 すると、シュザンヌが顔を上げ、アッシュがいることに気付いた。 「……あなたは?」 その一言だけで、アッシュの肩がビクッと震えた。 「……おっ、俺は…………」 シュザンヌの顔を見ることが出来ず、俯いた。 「おっ、お初にお目にかかります……シュザンヌ様。俺は……あなたの息子の…………!」 そう言葉を紡いだとき、アッシュの頬に温かい何かが触れた。 それはシュザンヌの手で、それがアッシュの顔を強制的に上げた。 「兄上が言っていた通り。本当にルークそっくりね!」 「あっ、あの……。シュザンヌ様、俺……」 アッシュがそう言いかけたとき、シュザンヌがそっと指でアッシュの唇を押さえた。 「……母と呼んでもらえませんか? 私のことは」 「! でも、俺は……レプリカだし」 「例え、あなたが私がお腹を痛めて生んだ子でなくても、あなたは私の息子よ」 困惑したように言ったアッシュに対して、シュザンヌは優しい笑みを浮かべてそう言った。 「寧ろ嬉しいのよ。大切な息子がもう一人増えて♪」 そう言ったシュザンヌはファブレ公爵へと目を向けると、公爵はそれを同意するように頷いた。 「だから、私のこと母と呼んでくれないかしら?」 「…………」 優しい言葉にアッシュの瞳から涙が溢れ出す。 「……はっ、母上」 「……はい」 アッシュの言葉に一瞬、シュザンヌは目を丸くしたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。 そして、アッシュを優しく抱き締め、背中を摩ってやる。 それは決して忘れることが出来ない、幼い日を自分をあやすときと同じだった。 「……あそこは、あなたの家よ。だから、いつでも帰ってきていいのよ」 優しい言葉にアッシュの瞳から涙が止まらなくなった。 もう、言えないと思っていたのに。 もう、抱き締めてもらえないと思っていたのに。 何もかも諦めていたのに……。 「……母上…………母上っ!」 何度も何度も、子供のようにそう呟いた。 それにシュザンヌは嬉しそうにただ頷くのだった。 そんな二人の様子を見てルークは、ティアたちをそっと突き、謁見の間を出ることを促した。 新たな親子の絆が生まれたのに邪魔してはいけないと思って。 そして、ルークはアッシュたちに気付かれないようにそっと扉閉めたのだった。 Rainシリーズ第7章第2譜でした!! はい!今回は、素晴らしき親子愛を書くことが出来ました! シュザンヌさんなら、きっとこう言ってアッシュの事も温かく受け入れてくれると思います! よかったね!アッシュ!! H.24 12/22 次へ |