(……さて、どうしたものか……)

ある宿屋を見つめて、ローレライは考え込んだ。
今、『ルーク』はヴァンにかけられた言霊によって身動きが出来ないでいる。
本来の『ルーク』ならとっくにそれを自力で解除できているだろう。
だが、今は違う。
『ルーク』の身体を蝕む障気がそれを邪魔しているのだ。
我が手助けすれば『ルーク』を助けられるだろう。
だが……。

『……約束がなければな……』

自然とローレライは唇を噛んだ。
『ルーク』との約束。
それは、『ルーク』の前に現れるときは誰もいないときだけあること。
今、『ルーク』の近くには、残念なことに『アッシュ』がいるのだ。
とても、『ルーク』に近づくことが出来ない。
遠距離からそれが出来れば問題ないのだが、『ルーク』に直接触らなければいけないのだ。

『……そうか! その手があったか!!』

すると、ローレライに一つの案が浮かんだ。
その方法を使えばなんとか『ルーク』との約束は破らずにすみそうだ。
そうと決まれば、後は行動あるのみ。
ローレライはすぐにその場から消えた。






〜Shining Rain〜








今、ルークはケテルブルクの宿屋の一室にいた。
ルークの近くにあるベッドには美しい夕焼けのように赤い長髪の少年が眠っていた。
この部屋には、ルークとアッシュしかいない。
アッシュを連れてシェリダンへと戻ると、そこでルークたちはスピノザと出くわした。
スピノザはこれ以上ヴァンの下についているのが耐え切れなくなって、アストンたちの許へとやってきたのだった。
自分のこれまでの行為を許して欲しいといったスピノザに対し、ジェイドはあまりいい顔をしなかったが仕方なく許した。
それは、外殻大地を安全に降下させるのにスピノザに研究を協力してもらうことを考えた為である。
その為ジェイドたちは今、スピノザと共にベルケンドにいるのだ。
俺とアッシュだけ別行動なのは、少しでもヴァンからアッシュを見つけにくくする為だ。
辺りには沈黙だけが過ぎる。
外では真っ白な雪が音もなく静かに降り続けるのだ。

「……アッシュ」

護ると決めたのに……。
結局俺はアッシュに何も出来なかった。
無力な自分に腹が立つ。

ズキン

「っ!?」

突然、ルークは激しい痛みに襲われた。
それは、地核にいたときに襲ってきた痛みによく似ていた。

(……! ……手が……勝手に……!?)

自分の意思とは関係なく右手が勝手にアッシュへと動く。
どんなに元に戻そうとしてもビクともしなかった。

「!?」

そして、自分の手がアッシュの胸の辺りに触れると、自分の手から淡い光が現れた。
その光がゆっくりとアッシュの身を包んでいく。

(……何がどうなってやがる……)

今、起こっている事態が解らずルークはただ混乱した。
すると、アッシュの指が微かに動いた。

「! ……アッシュ!!」

それに気付いたルークはアッシュに呼びかけた。
その呼びかけに答えるかのように、アッシュの瞼がゆっくりと上がる。
瞼の下から美しい翡翠の瞳が現れる。
うつろな光を宿した瞳が徐々に光を取り戻し、その瞳がルークを捉えた。

< 「…………ルー……ク?」

不思議そうに自分を見つめるアッシュにルークは何も言えなくなった。
アッシュは、上半身をゆっくりと起こす。

「……ルーク? ……!」

再びアッシュはルークの名を呼んだ。
その瞬間、ルークはアッシュを抱き締めていた。
さっきまで思うように、動かなかった身体は嘘のように動いた。
そしてそれは、頭で考えるより早く動いていたのだ。

「どっ、どうしたの? ……何かあったの?」

ルークの行動にアッシュは不思議そうに尋ねた。
それは、自分の身に一体何が起こったのかがまるで解っていないようだった。

「何があったのかじゃねぇ! ……おまえは悪いんだ!! おまえが……なかなか目を覚まさないからっ!!」

そう言ったルークの声は、徐々に弱々しいものへと変わっていった。

「……ごめん。心配かけて」

ルークの一言でアッシュは今までに自分の身に起こったことを思い出した。
そして、申し訳なさそうにルークに謝った。

「……わかったなら、もう無茶なことをするな!」
「…………うん。ごめんな」

ルークの言葉にアッシュはそう静かに言うのだった。





















そんな二人の姿を静かに見つめる人影があった。

『……何とか上手くいたな』

ローレライは安堵したように溜息をついた。
『アッシュ』も一応は我と同位体だ。
なので、『アッシュ』の身体を思い通りに動かすのも無難であった。

『……しかし、アッシュに横取りされたな』

本当は『ルーク』を我が抱き締めたかった。
無茶をするな、と叱ってやりたかったのだ。
だが、あのままあの場に留まっていたら明らかに『ルーク』にバレるだろう。
それでは『アッシュ』の身体を乗っ取った意味がない。

『……もう、後僅かか……』

我がヴァンに取り込まれるまで。
『ルーク』の傍にいてやれるまで……。

『……ルーク』

長いようで短かった『ルーク』と過ごした日々。
後僅かな時、我はそなたに何をしてやれるだろうか……。





















「大佐! それ、本当ですか!?」

ジェイドの口から発せられた言葉にアニスは、身を乗り出しそうな勢いで尋ねた。
それにジェイドは冷静に頷いた。

「ええ……。先ほど、ルークから連絡が入ったそうですよ。『アッシュが目を覚ました』と」
「…………よかった……」

何処か張り詰めていた空気が一気に和らぐ。
アッシュが目覚めて、心からよかったと思える。
もし、このまま目を覚まさなかったらと考えただけでも怖かったのだ。

「……では、アッシュたちと合流しますか」

もう、ここにいる用はない。
スピノザのおかげでジェイドの理論は証明された。
それによって、外殻大地を安全に降ろせる方法を見つけたのだ。
後は、それを実行すればいいだけとなった。

「……やっと、兄さまに逢えるんですね」

ジェイドの言葉にアリエッタは心底嬉しそうに言った。

「そうですね……。アッシュには聞かないといけないことがありますしね」
「「「「「「…………」」」」」」

ジェイドの言葉の意味は聞かなくてもわかった。

「シンク……」

アリエッタが哀しそうに呟いた。
地核でシンクを助けることが出来なかった。
もっと早く気付いていれば助けられたのに……。
アリエッタの様子を見たイオンが優しくアリエッタの肩に触れた。
それにアリエッタは「大丈夫です」と笑って答えた。
だが、イオンにはその笑みが切なく見えた。
傷付けたくなかった。
傷付けるつもりなんかなかったのに、結果的に彼女を傷付けてしまった。

「それでは、さっさと行きますか。これ以上、アッシュを独り占めさせるのは、どうかと思いますし♪」

誰に、などとそんな野暮なことを聞く者はいなかった。

「ああ、そうだな」

それにガイは思わず笑った。
そして、ティアたちはケテルブルクへと向かったのだった。
























Rainシリーズ第7章第12譜でした!!
律儀にアッシュとの約束を守ろうとするローレライさんww
ですが、ルークの体を乗っ取るとき痛みを与えるのは明らかに、八つ当たりですよ;
まぁ、おいしいところは全部ルークにとられたから仕方ないけど;


H.25 6/15



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