人影のない平地に忽然と人影が現れた。
長い燃えるような紅い髪に翡翠の瞳の男が。
その容姿はキムラスカ王国の王族に連なる者の証だが、男は王族に連なる者ではない。
ふと、男は天を仰いだ。
その先に見えるものは天高く聳え立つ都市だ。

『……今、そっちに行くぞ。ルーク』

男はそう呟き、風で髪がなびいたと思った瞬間、その場から忽然と姿を消した。
彼の許へ向かうために……。







〜Shining Rain〜








「……なぁ、ディスト」
「…………」

光の王都・バチカル


そこにある宿屋の一室にアッシュはディストに話しかけた。
だが、それが聞こえなかったのかディストは黙々と本を読んでいた。

「なぁ、ディストってば!」
「…………」

さっきより大きな声で言ってもまるで反応はなかった。
それに対してアッシュはムッとした顔になった。

「………『鼻垂れディスト』」
「誰が『鼻垂れ』ですか!」

ポツリとそう呟いたアッシュの言葉にやっとディストは反応した。

< 「いいですか! 私は『鼻垂れ』ではありません! 薔薇です!! 薔薇!! 一体、誰からそんなこと聞いたんですか!?」
「誰って……ジェイドだけど?」
「キィ〜〜〜! やっぱり、そうでしたか! アッシュに何てこと吹き込んでいるんですか! アレは!!」

アッシュの言葉を聞いたディストは足を踏み鳴らした。

「……どうでもいいけど、これを外してよ」

そんなディストを見て、アッシュは少し呆れたように両腕を上げてディストに言った。
アッシュの両手首には頑丈そうな手錠が嵌められていた。

「それは出来ません」
「なんでだよ、さっきからこのせいで手首が痛いんだけど?」
「……アッシュ。あなた、私に捕まっているという自覚はないんですか;」

不満そうなアッシュの言葉にディストは呆れたように溜息をついて言った。

「それに、それを外したらあなた、逃げるでしょうが! だから外しません!!」
「あはははは; ……やっぱり、バレた?」
「バレますよ! 普通に!!」

苦笑するアッシュに対してディストは怒鳴った。

「まったく……。この件が済んだら、すぐにベルケンドに向かいますからね」
「なんでだよ。俺、何処も悪くないよ?」

アッシュの言葉を聞いたディストは読んでいた本を勢いよく閉じると、アッシュへと近づいた。

「……アッシュ。私を誰だと思っているんですか? この七年間、あなたの身体を診ていたのは私です。他人を騙せても私は騙せません」
「…………」

ダアトのときと同じようにディストは真剣な顔でそう言った。
その言葉にアッシュは返す言葉が見つからず、視線を逸らした。

「ですから、あなたはここで大人しく待っててください」
「………なぁ、ディスト」

そう言って部屋を出ようとしたディストをアッシュは引き止めた。

「なんですか?」
「……まだ、ネビリムさんのレプリカを創ろうと思っている?」
「…………」

ルークたちと別れたとき、アッシュはモースとディストを見かけた。
そして、ネビリムのレプリカ情報を入手する代わりにモースに協力するとディストは言った。

「……もし、そうだとしたら止めたほうがいいと思う。……傷付くのは…ディストだから」

自分へと向けられる美しい翡翠の瞳が心配そうに揺れていた。
あなたはいつもそうなんですね。
自分のことより他人のことを考える。
自分自身がどうな状況ににあっても……。

「……わかってますよ。ネビリム先生のレプリカを創っても、彼女の記憶を持っていないことを……。ですが……!」

自然と手に力が入り、声が震えていることが自分でもわかる。

「ですが……そうしないと、前に進めないんです。私は……」
「…………」

その先どんな結果待っていても、傷付いたとしても。
そうしないと前に進めないのだ。
これが私の生きた証なのだから……。

「……では、私はバチカル城に向かいます。大人しくしていてくださいね」

ディストはそう言ってアッシュの返事を聞かずに部屋を出た。
すると

「……なんで、あなたがここにいるんですか?」

部屋を出た途端、一際目立つ大男にディストはそう言った。

「……おまえが呼んだのだろうが。それに、なかなか戻ってこないから、アッシュに何かしているのではと思ってな」
「なっ、なんでそうなるんですか! 別に何もしてないですよ!!」

ラルゴの言葉にそうディストは喚いた。

「…………アッシュは、そんなに悪いのか?」
「……聞いていたのですか?」

ラルゴの言葉にディストの表情は真剣なものへと変わった。

「……少しだけだ」
「………早く治療しないと、危険かもしれません」
「!!」

思っても見ないディストの言葉にラルゴは言葉を失った。

「原因は私にもわかりません。しかし、アッシュの顔色はこの前に会ったときより、かなり悪くなっています」

セントビナーで出会ったアッシュはまだ元気そうだった。
それなのに、ダアトで見たアッシュの顔色は悪く、それを見たディストは一瞬言葉を失ったのだ。

「だから、さっさとこんなくだらない用件を片付けて、ベルケンドへ向かいますよ」
「………ああ」

世界がどうなろうと知ったことではない。
今は、アッシュを助けたい。
それだけだった。





















『ルーク!!』

ディストがいなくなって数分後、アッシュの目の前に一人の男が現れた。

「あっ! ローレライ!! 久しぶり〜♪」

ローレライの姿を見たアッシュは笑って言った。

『ルーク。……なんで、そなたはそんなに呑気なのだ;』

それを見てローレライは、呆れたようにそう言った。

「別にいいじゃん、そんなの。それより、これ外してよ」
『……ああ』

ローレライは頷くと、アッシュの手首に嵌められた手錠に触れた。
すると、手錠が強い輝きを放つと音素(フォニム)へと還っていった。

「あ〜あ。痛かった。サンキューな、ローレライ♪」

手首を摩りながら、アッシュはローレライにお礼を言った。

「そういえば、ローレライ。俺が頼んでいたものって出来たの?」
『……ああ、なんとかな』

そう言ってローレライは手を出すと、そこから光が集まり始めた。
そして、光がある形を取るとその輝きが消えた。
そこから現れたのは掌にすっぽりと治まるサイズの透明なカプセルだった。

「すごい……。俺が想像していた以上だよ!」
『これを創るのに、かなり苦労したぞ。何せ、持ち運びできる飛行譜業機械(ひこうふごうきかい)を創るのはな;』

ローレライはアッシュにあるものを創って欲しいと頼まれていた。
それが、持ち運びできる飛行譜業機械(ひこうふごうきかい)だった。
そんなもの今まで、見たことも聞いたこともなかったので製作にはかなり苦戦したのだった。

『詳しい操作方法はこれに書いておいたぞ』

そう言ってローレライはアッシュに一枚の紙を手渡した。

「ありがとう、ローレライ!!」

それをアッシュは笑顔で受け取った。

「……俺、そろそろ行くね。『アッシュ』たちを助けないと」
『ルーク!!』

そう言って部屋から出ようとしたアッシュの手をローレライは咄嗟に掴んだ。

「……何? ローレライ?」

アッシュは、それに対して不思議そうな表情を浮かべた。

『……ルーク。そなた、我に言うべきことはないのか?』
「……別に、……ないけど?」
『いや、あるはずだ。そなたは我に望むことが!』

アッシュの言葉にローレライは強くそう言った。
アッシュの望むこと。
それは我自身望むことだ。
だが、アッシュはローレライに哀しい表情を向けると首を振った。

「ごめん。……今は、それを望むことは…出来ないよ」
『! 何故だ!!』

何故だ?
何故、望んでくれない!!


『ルーク』が望まなければ、我は何も出来ないのだ。
それなのに何故……。

「……今、望んでも、あのときと変わらないじゃないか」
『しかし、このままでは、ルークが!!』
「もう決めたんだ」

ローレライに対してアッシュは静かにそう言った。

「……もう決めたんだ。……時が来るまでそれは絶対望まないことを」

例え、そのせいで命を削ったとしても。
俺は決めたんだ。

「だから……ごめんな、ローレライ」
『…………』

哀しい笑顔でそういうアッシュにローレライは、何も言わずにアッシュから手を放すと背中を向けた。

『……そなたがそう決めたのなら、我にはどうすることも出来ぬ。……だが!』

一度逸らした視線を再びアッシュへとローレライは向けた。

『もし……そなたの命の灯火が消えかかったら我は……そなたとの約束を破棄し、そなたの命を優先させる。……これだけは、譲れない』

自分と同じ翡翠の瞳が苛烈な光を放った。
そんなローレライの態度にアッシュは小さく頷いた。

「うん……。わかった」

それを聞いたローレライはホッとしたような表情へと変わった。

「……じゃぁ、いってきます」
『……ああ』

ローレライの返事を聞き、今度こそアッシュは部屋から出て行った。
























Rainシリーズ第6章第8譜でした!!
最近、ディストとアッシュを絡ませるのが結構お気に入りですww
ディストは絶対いい反応してくれますからwwww
前回から、かなり意味深な発言をしてくれているディストですが、
それはまた後日に明らかになると思います!!


H.23 1/16



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