「……さてと、いきますか」

深呼吸ひとつした後、アッシュはそう言うとガイがいる部屋へと入っていった。






〜Shining Rain〜








部屋には、ガイが一人ベッドの上に座っていた。
顔色はあのときと同じように疲労が滲んでいた。
ガイはアッシュと目が合うと驚いたような顔をした。

「…………アッシュ?」
「……気分はいいのか?」

それにアッシュは苦笑雑じりでそう言った。

「あ、ああ……」
「そうか……。ごめん」
「なんで、アッシュが謝るんだよ」
「ガイを止めるのに、思いっきり殴ったから」
「ああ、だから首が痛かったのか」

アッシュの言葉に納得したようにガイは首筋を摩った。

「ごめん……」
「別にいいさ。……あのとき、おまえが止めなかったら、俺はルークを()っていたかもしれない」

あのときの俺はルークに対する憎しみに支配されていた。
自分ではそれを止めることが出来ないくらいに。
でも、その支配から一瞬だけ逃れられた。
美しい夕焼けのように赤い髪を見たときに……。

「……ガイはまだ、ルークのことが憎いか?」
「…………」

アッシュの問いにガイの表情が曇る。
自分が抱くルークの感情がわからなかった。
確かに、一時はルークを酷く憎んだ。
殺したいほどに……。
だが、屋敷で一緒に暮らしていくうちにその感情は薄れていった。
大切な友と思えるくらいに……。
だが、この憎しみが消えることもなかった。
二つの感情が今のガイの中に渦巻き、何も言えなくした。
例え、友だと思っても逆にルークはどう思っただろう?
ルークを殺そうとした俺をあいつは受け入れてくれるだろうか?

「……ルークなら、大丈夫だよ。ガイのこと、恨んでないから」
「えっ……?」

アッシュの言葉にガイは驚いた。
アッシュの言葉はまるで自分の心を感じ取ったような言葉だったから……。

「ガイが辛いのはわかる。でも、昔のことばっか見てても前に進めないよ」
「!!」

アッシュのその一言がガイに衝撃を与えた。
初めて聞いた言葉なのに、違うような気がした。
俺はこの言葉を何処かで聞いたことがある。
それは、何処だっただろうか?

――――記憶なくて辛いか?

そうだ。
俺が聞いたんだ、あいつに。
すると、あいつは笑って言ったんだ。

――――昔のことばっか見てても前に進まない。だから、過去は要らない。

眩しいあいつの笑顔。
光に照らされたあいつの顔が見えない。
あいつって一体誰だっただろう?
あいつは……。

「……アッシュ。おまえ…………」
「俺、もう行くね」

アッシュはガイの視線から逃げるかのように視線を逸らしてそう言った。
その後に続く言葉を聞くのが何故か怖かったから……。
アッシュはそのままドアノブへと手をかけようとしたが、それを一旦止めて再びガイを見た。

「……俺は信じているから。ルークのことも……ガイのことも。でも…………」

アッシュの翡翠の瞳が強く煌いた。

「……けど、もし、ガイがルークを手をかけたときは、俺が……ガイを()るから」

そう言い残して、アッシュは部屋を出た。





















「…………何、してんだ?」

部屋を出た途端、アッシュはそう言った。
その視線の先には黒髪を黄色いリボンでツインテールにした少女があった。

「べっ、別に、何もしてないよ」

アッシュの問いにアニスは慌ててそう言った。
その様子だと、アニスは俺たちの会話を聞いていたようだ。
それにアッシュは内心溜息をついた。

「…………なんで……わけ?」
「えっ……?」

アニスが何かを呟いたような気がしたので、アッシュは聞き返した。

「なんでそんなに人のことを信じられるわけ?」
「……アニスは、人を信じることが出来ないの?」
「当たり前じゃない!!」

アッシュの問いにアニスは声を張り上げて言った後、俯いた。

「……信じたって、いいように利用されて、裏切られて、傷付くだけじゃないっ! だったら、初めから信じないほうがいいじゃないっ!!」

信じないほうがいい
そうすれば、傷付かずにすむのだから……。
だから……信じない。
自分の声が、肩が震えていることにアニスは気付かなかった。
それがわかったアッシュはアニスへと歩み寄り、優しく抱き締めた。

「っ!!」

それにアニスは驚いた。
アッシュが突然抱き締めたこともそうだが、アッシュの腕の中がとても心地よかったから……。
こんなことされるのは、初めてのはずなのにそうじゃない気がした。
とても懐かしく思えた。

「……大丈夫だよ、アニス。人を信じることを怖がらないで」
「!!」

優しいアッシュの声にアニスは泣きそうな気がした。
彼には見抜かれてしまった。
本当は人を信じないのじゃなく、信じることが怖いことを。
人を信じたいのにそれが出来ないことを……。

「ルークたちだったら、信じても大丈夫だから……」
「…………アッシュは?」

アッシュの言葉にアニスは俯いたままそう言った。

「……アッシュのことも、信じていいの?」

自分でもなんでこんなことを言っているのかわからなかった。
でも、心がルークよりアッシュのことを信じたいと思っているのがわかる。

「……もちろんだよ、アニス」

それにアッシュは笑って答えた。

「アニスが助けて欲しいときは、絶対助けに行くから」

そう言いながら、アッシュはアニスの頭を撫でた。
本当だったらウザイと思うはずなのに、違った。
むしろ、安心した。

(……こんな気持ちだったんだ)

ふと、アニスの頭に一人の少女が浮かんだ。
長い桃色の髪の少女、アリエッタのことを……。
ダアトで遠くから見かける彼女は、大抵アッシュと一緒だった。
楽しそうに笑ってアッシュに抱きついたり、頭を撫でてもらったりしている姿を……。
それを何故か羨ましいと思っていたのだった。
すると、アッシュの手がアニスの頭から離れたのがわかった。
それにアニスは顔を上げた。

「俺、そろそろ行くな。……ルークのこと頼むな、アニス」

そう笑ってアッシュは言った。
その笑みは自分に向けられるのが勿体無いと思ってしまうほど、眩しいものだった。
そして、アッシュは踵を返して宿屋を後にした。
それをアニスは静かに見送った。
その顔には自然と笑みが浮かんでいたことにアニス自身気付いていなかった。
























Rainシリーズ第5章第6譜でした!!
ルークがピオニーと謁見中、アッシュはガイとアニスとの会話をww
どうしても、この辺りでこの二人をアッシュと絡ませたかったので!!
もちろん、ガイが何処かで聞いたことのある言葉は『ルーク』が言った言葉です。


H.21 3/13



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