「音を集めたり、並べたり……結構大変でしたわね」

ユリア式封咒(しきふうじゅ)を解除する為の最後の仕掛けを解除すると、ナタリアは息をついた。

「ほーんと、超ウザイ! ありえない! 責任者でてこーい!!」

アニスの叫びにガイは苦笑した。

「そりゃ出てくる奴を相手にするほうがヤバイって。何しろ二千年前の代物の責任者だからな。それに、こんだけややこしい仕掛けがあるってことは、それだけ大事なもんってことなんだろうな」
「ええ。外殻大地を支えるセフィロトを制御しているのだから、当然だわ」

ガイの言葉にティアは同意した。

「さぁ、さっさとパッセージリングの様子を見に行こうぜ」

そして、光の扉を抜け、ルークたちはパッセージリングの許へと足を進めた。






〜Shining Rain〜








パッセージリングの部屋へとルークたちは戻ってきたが、特に変わった様子は見られなかった。

「これでもダメなのかしら……」

ティアが周囲を歩き回った、そのときだった。

「ティア! ちょっとその譜石(ふせき)に近づいてくださる?」
「……? いいけど……?」

ナタリアの言うとおり、ティアは柱のように生えた譜石(ふせき)へと近づいた。
すると、先端が二つに割れて本のように開いた。

「これは……」

パッセージリングの上に大きな譜陣(ふじん)のようなものが突如現れた。
それぞれが線と線で繋がっていて、それによって一つの大きな譜陣(ふじん)にも見えた。

「うっ……」

すると、ティアが小さく呻く。
身体全体に微かな痛みが走った。
だが、その瞬間、右腕についているブレスレットの赤い宝石が鈍く煌めいた。
すると、身体に感じた痛みはスッと消えていった。

「ティア、どうした?」
「な、なんでもないわ。ルーク……」

ルークの問いにティアはそう答えたが、ティアの瞳は明らかに戸惑っていた。

「これは……ティアに反応した? これがユリア式封咒(しきふうじゅ)ですか? 『警告』……と出ていますね。『耐用限界年数に到達』……?」

ジェイドな譜陣(ふじん)を見上げてそこに書かれている文字を読み上げた。
それにイオンは首を振った。

「……わかりません。でも、今は解呪されています」
「あっ! この文、パッセージリングの説明っぽい」

そう言って、アニスは譜陣(ふじん)のある部分を指差した。
その部分をジェイドは読み進めていく。
すると、ジェイドの表情は見る見るうちに険しいものへと変わって言った。

「……グランツ謡将、やってくれましたね」
「兄が何かしたんですか!?」
「セフィロトツリーが再生しないように弁を閉じていますね」
「ど、どういうことですの?」

意味がわからないといった感じでナタリアは首を傾げた。

「つまり、暗号によって、操作できないようにされている、ということです」
「……暗号、解けないんですか?」

ジェイドの言葉に恐る恐るアリエッタが尋ねる。

「私が強力は第七音素(セブンスフォニム)を使えるなら、解いてみせます。しかし……」

それ以上、ジェイドの言葉は続くことはなかった。
ジェイドは第七音譜術士(セブンスフォニマー)ではない。
だが、ここには第七音譜術士(セブンスフォニマー)は三人もいる。
それなのに、ジェイドが何も言おうとしないということは……。

「……俺が――」

ポツリとルークが呟く。

「……俺が超振動(ちょうしんどう)で暗号を消せばいいんだな」

ルークの言葉にジェイドは頷いた。

「……暗号だけを消せるなら、何とかなるかもしれません」
「…………やってみる」
「ルーク! あなたまだ、制御が……」
「大丈夫だ。ティアに教えてもらってちゃんと出来るようになった。だから……やらせてくれ」

ルークの翡翠の瞳がティアへと向けられる。
それを見たティアは小さく息をついた。

「……わかったわ」
「ジェイド。どうしたらいい?」

ティアの言葉を聞き、ルークはジェイドへと視線を向けた。

「あの十個の譜陣(ふじん)。あれは外殻を支えるセフィロトを表わしていると思います。数えて第三セフィロトを示す図の一番外側が赤く光っているでしょう。あの赤い部分だけを削除してください」
「…………わかった」

ルークは頷くとゆっくりと両手を譜陣(ふじん)へと向ける。
精神を集中させ、全身で音素(フォニム)を感じる。
身体の中から膨れ上がる音素(フォニム)の流れを意志の力でそれを制御し指先へと促す。
すると、手に熱が帯び始める。
やがて、指の間の景色がぼやけた。
ルークはそのまま、第三セフィロトの外側の赤い線にだけに意識を集中させ、腕を動かす。
ゆっくりと線が消えていく。
だが、最後まで油断できない。
そして、全ての線を消し終わったると、パッセージリングを包むようにしたから光が吹き上がってきた。

「……起動したようです。セフィロトから陸を浮かせるための記憶粒子(セルパーティクル)が発生しました」
「それじゃぁ、セントビナーはマントルに沈まずないのですね!」

ナタリアの問いにジェイドは「ええ」と頷いた。
それによって、場に空気は一気に明るくなった。
が、

「あ〜〜〜っ!」

アニスの大声に全員が振り向いた。

「待ってください! まだ、喜んじゃダメですよぅ! あれ! あの文章、見てくださいっ!!」

アニスが指差す文章をガイは読み始めた。

「……おい。ここのセフィロトは、ルグニカ平野のほぼ全域を支えてるって書いてあるぞ! って、ことは……エンゲーブも崩壊するんじゃないのか!?」
「ですよねーっ! エンゲーブ、マジヤバな感じですよね!!」

ガイの言葉にアニスは、大きく頷いて同意した。

「大変ですわ! 外殻へ戻って、エンゲーブの皆さんを避難させましょう!!」
「そうですね。……急ぎましょう」

ナタリアの提案にイオンがそう言うとルークたちは急いでアルビオールへと向かい始めた。
だが、何故かティアだけはその場を動こうとはしなかった。

「……? ティア、どうした?」

そんなティアの様子を見てルークはティアの声をかけた。

「えっ? 別に……何でもないわ」
「? ……そうか。なら、さっさと行くぞ」
「え、ええ……」

ティアの返事を聞いたルークは歩き始めた。
ふと、ティアは右手首へと視線を向けた。

「……気のせい、かしら…………?」

さっきより、ブレスレットについている赤い宝石が汚れているようにティアには見えた。





















「アッシュさん。それはなんですの?」

とある街の宿屋に一室にアッシュとミュウはいた。
アッシュの手には一冊の古びた本があった。

「ん? これは、創世暦時代の歴史書……ローレライ教団の禁書だよ」

アッシュは本に目を通しながら、ミュウの問いに答えた。

「……きんしょ? ですの?」
「うん。だから、この本を探すのに苦労してたみたい」
「? 誰がですの?」
「『漆黒の翼』」

アッシュの言葉にミュウは納得した。
さっきまで、アッシュは『漆黒の翼』のノワールと会っていたのだ。
そのときのノワールは疲れきったような顔をしていたのだ。

「あ〜〜〜っ! くっそ!! 全然意味がわからないよ!!」

アッシュは本を閉じると悔しそうにそう言った。
歴史書は古代イスパニア語で書かれていた為、アッシュには少ししか読めなかった。
一応、隠れて勉強はしていたが、こんなことならもっと勉強しておけばよかった。

「……仕方ない。これはジェイドに任せよう」

これをジェイドが解読できることをアッシュは知っている。
アッシュは、歴史書をカバンへと丁寧にしまった。

「よし! ルークたちと合流するか。行くぞ、ミュウ」
「はいですの!」

アッシュの言葉を聞いたミュウは机の上から助走もつけずにアッシュの肩へと飛び乗った。
そして、アッシュは部屋を出ようと扉に手をかけた。

「…………っ!!」

すると、突然、眩暈に襲われ、アッシュは膝を折った。

「アッシュさん!!」

それに驚いたミュウは、アッシュの肩から飛び降りるとアッシュの顔を覗き込んだ。
アッシュの額にはうっすらと脂汗が滲んでいた。

「アッシュさん、顔色悪いですの! 休んだ方がいいですの!!」
「……大丈夫だよ……俺は。それより、早くルークたちのところに行かなくちゃ……」
「ダメですの! ちゃんと身体を休めないといけないですの! そうじゃないと……ご主人様やティアさんたちが哀しむですの! だから、ここは通さないですの!!」

そう言うとミュウは小さな身体を精一杯大きく見せて通せんぼした。

「ミュウ……わかったよ」

そんなミュウの態度にアッシュは折れた。
別にミュウを無視してこの部屋から出ることも出来たが、なんとなくそれはいけないような気がしたからだ。

「だったら、すぐに寝るですの!」
「わっ、わかったから、そんなに押すな! ……って、うわぁ!!」

ミュウに足を押されて、アッシュはバランスを崩し倒れこむような形でベッドに入った。

「それでは、おやすみなさいですの〜!」
「おまえなぁ〜;」

笑みを浮かべてそう言うミュウにアッシュは少し呆れた。
だが、ベッドに入ったせいか、すぐに眠気が襲ってきた。
瞼が重くなり、アッシュは瞳を閉じた。
アッシュが夢の中へと旅立つのに、そんなに時間は掛からなかった。
























Rainシリーズ第5章第12譜でした!!
初めてのパッセージリングの操作。
ちゃんとできたよ、ルーク!!(当たり前だけどねww)
そして、アッシュとミュウの絡みはやっぱり微笑ましいなぁ
これにて、第五章は完結です!!


H.21 9/22



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