「みなさん、こっちですの!」

ミュウと名乗ったチーグルの仔供が遠くの方でぴょんぴょん跳ねている。
ミュウがいる位置のすぐ傍に穴のような道があった。

「この奥にライガさんのおうちがあるのですの!」







〜Shining Rain〜








話は数分前に遡る。
チーグルの巣についたルークたちはそこでチーグルの長老と出会った。
本来、魔物は人の言葉を喋れないがユリアとの契約で与えられたソーサラーリングのおかげでそれを可能にした。
老チーグルの話を聞くと、半月程前に仲間のチーグルが北の森で火事を起こしてしまい、そこで暮らしていたライガがこの森に移り住んできたらしい。
定期的に食糧を届けないとチーグルたちはライガに食べられてしまう為、エンゲーブから盗んでいたのだ。
それを聞いたルークたちは、ライガと交渉するためにライガの巣へと向かっていたのだ。
そして、今に至る。

「……いくぞ」

ルークを先頭にその穴へと入っていった。




















坂を下りて行くと、巨大な樹の根元に洞のような場所を見つけた。
ルークはその中を恐る恐る覗いた。

(……いた)


そこには、巨大な四足獣が奥で伏せていた。
巨大な犬か猫のように見えるが、体長は三メートルを遥かに超えていた。
耳の周りは緑、後ろには燃えるような鬣が生え、その尾はいくつにも分かれていた。
その姿は威厳があり、美しいとも思えた。

「あれが女王ね……」
「女王?」
「ええ、ライガは強大な雌を中心とした集団で生きる魔物なの」

ティアはライガについて囁くように説明した。

「ミュウ、ライガ・クイーンと話してください」
「はいですの!」

ミュウは元気よく頷き、洞へと入っていく。
ルークたちもそれに続き、いつでも剣が抜けるように何でも剣を握り直した。
すると、ライガ・クイーンが目を開き、ゆっくりとその巨体を起こした。
立ち上がるとさらに大きく感じる。
ミュウがライガ・クイーンに話しかけると、ライガ・クイーンは咆えた。
あたりの空気が震え、小さなミュウはそれに耐え切れず後ろに転がった。

「大丈夫ですか!?」

イオンがそれを慌てて助け起こす。

「ライガ・クイーンはなんて言ってる?」
「た、卵が孵化するところだから……来るな……と言ってますの。ボクがライガさんのおうちを燃やしちゃったから、女王様、すごく怒ってるですの」
「まずいわ……」

ミュウの言葉を聞いてティアは唇を軽く噛んだ。

「卵を守るライガは凶暴性を増しているはずよ」
「本で読んだことがある。確か、ライガは……」

ルークの言葉にティアは頷く。

「ええ、ライガの仔供は人を好むの。だから、街の近くに住むライガは繁殖期前に狩つくすのよ」

だったら、ここで卵が孵化したらエンゲーブの人達は確実に獲物にされる。

「ミュウ、彼らにこの土地から立ち去るように言ってください」

イオンは真剣な表情でミュウを見下ろした。

「は、はいですの」

再びミュウはライガ・クイーンに話しかける。
が、ライガ・クイーンは再び咆えた。
先程よりも強い振動で洞は揺れ、ミュウの上に影落ちる。

「! 危ない!!」

それに、ルークは気付きとっさに剣を抜いて落ちてきた樹の一部をミュウから庇った。
自分がそれに当たっても大した怪我はしないだろうが、ミュウが当たっていたら大怪我になっていただろう。

「あ、ありがとうですの!」

それがわかったのか、ミュウは瞳を潤ませながら言った。

「べ、別に……」

ルークはそれにそっけなく答えた。
ライガ・クイーンを見ると低い唸り声を上げている。

「ボ、ボクたちを殺して、孵化した仔供の餌にすると言ってるですの……」

ミュウは怯えるような声でそう言った。

「どうやら、交渉は不成立みたいね」

ティアは杖を強く握り直す。

「導師イオン、ミュウと一緒にお下がりください」
「あまり、戦いたくなかったが……仕方がない」

ルークは剣を構えた。
ここで、ライガ・クイーンを()らなければエンゲーブの人達が危険な目に遭うのだから。

「ティア! 詠唱を頼む!!」
「わかったわ!」

ティアの返事を聞くとルークはライガ・クイーンに向かって走り出す。
そして、そのままライガ・クイーンの腹を斬りつける。
だが、刃はライガ・クイーンの皮膚へ到達せず、毛皮の上で止まってしまった。
そこへ、ライガ・クイーンの牙がルークに迫る。
ルークはそれを転がるように逃げた。

「深淵へといざなう旋律

トゥエ レィ ツェ クロア リュオ トゥエ ズェ」

ティアは譜歌(ふか)を歌った。
屋敷で自分たちの身体の自由を奪った、あの歌を。
美しい旋律が流れ始めたが、ライガ・クイーンの咆哮一つでそれは吹き飛んでしまった。

「くっ!」
「おい! どうなってやがるんだ!!」
「まずいわ。……私たちの攻撃がほとんど効いていない……」
「くそっ! 一体どうしたらいいんだ!!」
「おや? お困りのようですね?」

すると、突然場の空気には合わないふざけたような声が聞こえてきた。
ルークは声が聞こえてきた方に振り向いた。
そこには、青い軍服を着た男がいた。
眼鏡の奥で血のように赤い瞳が光った。

「お手伝いしましょう。私が譜術(ふじゅつ)でライガ・クイーンを始末します。あなた方は私の詠唱時間を確保してください」
「……わかった」

ルークは彼の言葉に頷くとライガ・クイーンに向かって再び走り出した。
すると、ライガ・クイーンの咆哮と共に、雷のような蒼白い光が炸裂する。
それをルークは当たらないように素早くかわしていく。
突如、振り下ろされた爪を剣で受け止める。
その衝撃は手が痺れるくらいのものだ。

「荒れ狂う流れよ……」

すると、彼の詠唱する声が聞こえてきた。
その声はどこか、楽しげであった。

「――――スプラッシュ!」

彼の声と共に、ライガ・クイーンの頭上に巨大な青い光が出現し、凄まじい勢いの水流が襲いかかる。
それをもろに受けたライガ・クイーンは倒れこんだ。

「おや? 呆気なかったですね」

涼しげにそう呟いた彼は眼鏡の位置を直した。

(……すごい)

俺たちが苦労していたライガ・クイーンは一発で仕留めた。
こいつは一体何者なんだ?

「アニス! ちょっと、よろしいですか?」
「はーい、大佐ぁ♪お呼びですか?」

彼が入り口の方に呼びかけると甘ったるい声がして、これらに入ってきた。
黒い髪のツインテールの少女だった。
アニスと呼ばれた少女が近くに来ると、彼は膝をついて彼女の耳元に何かを囁いた。
それにアニスは頷くと、彼から離れて口を尖らせた。

「わかりましたけどぉ。その代わり、イオン様をちゃんと見張っててくださいね?」
「もちろん♪」

アニスは頷き、イオンにぺこりと頭を下げると、急いで洞から出て行った。

「おまえ、誰だ?」
「失礼。私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。どうかジェイドとお呼びください。ファミリーネームには余り馴染みがないものですから」
「危ないところを助けていただいて、ありがとうございます。私はティア、彼はルークです」
「いえいえ、民間人を守るのは軍人の仕事ですから♪ それより……」

ジェイドはティアからイオンに視線を移す。

「すいません、勝手はことをして……」

イオンはジェイドに申し訳なさそうに謝った。

「あなたらしくありませんね。悪いことと知っていて、このようね振る舞いをなさるなんて」
「チーグルは、始祖ユリアと共にローレライ教団の礎です。彼らの不始末には僕が責任を負わなくてはと……」
「その為に力を使いましてね? 医師から止められていたでしょう?」
「……すいません」
「しかも、民間人を巻き込んだ」
「…………」

イオンの表情はどんどん暗くなっていった。

「おい、ここでそんな話をするより、さっさと安全な場所に移るべきなんじゃないのか?」
「……あなたの言う通りですね。では、行きますか」

ルークの言葉に仕方なくと言った様子でジェイドは言って歩き出した。

「……ルーク、ありがとうございます」

自分を庇ってくれたルークの行為が嬉しく思い、イオンはルークにお礼をそう言った。

「……別に」

ルークはそっけなくそう言って、ジェイドに続いて歩き出した。
その言葉にまた、顔が赤くなってのは言うまでもない。
























Rainシリーズ第2章第6譜でした!!
なんか異様に長くなってしまいました。
ジェイドが出るまでが長すぎだっつの!!


H.19 4/4



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