「……ク……起…………」

どこか遠くのほうから声が聞こえる。
その声はとても、優しい声だ。

「起きて、ルーク!」

その声が徐々に近くに聞こえ、ルークは重い瞼をゆっくりと開けた。






〜Shining Rain〜








ルークが目を開けると、そこには知らない景色が広がってきた。
冷たく透き通ったような藍色の夜空に、大きな月が浮かんでいた。
その月の光で浮かび上がるのは、まるで一枚の絵だ。
マロンペーストの長い髪はところどころ銀色に輝き、サファイアブルーの瞳が濡れるように揺れている。

「……おまえは…………?」

ルークはそう呟くと、少女は安堵したのか表情が柔らかくなった。

「よかった。……無事みたいね」

ルークは上半身を起こし、あたりの様子を見回した。
彼女の後ろには白い花が一面に美しく咲き誇っていた。

「何処だ? ここは……」

少なくても、自分の屋敷ではないことはわかった。

「さあ……」

彼女の微かに首をかしげた。

「かなりの勢いで飛ばされたから。……プラネットストームに巻き込まれたのかと思ったぐらいの勢いだったわ」
「一体何が起こったんだ? おまえは誰なんだ?」
「私の名前はティア。どうやら、私とあなたの間で超振動(ちょうしんどう)が起きたようね」

ティアは、ルークの問いに淡々と答えた。
超振動(ちょうしんどう)
それは、音素(フォニム)同位体による共鳴振動。
そして、それはあらゆるものを破壊して再構成する力がある。

「……あなたも第七音譜術士(セブンスフォニマー)だったのね。迂闊だったわ。だから、王家によって匿われていたのね」
「俺が……第七音譜術士(セブンスフォニマー)……?」

知らなかった。譜術(ふじゅつ)なんて使ったこともなかったから……。

「とりあえず、ここは危険だから離れましょう。あなたをバチカルの屋敷まで送っていくわ」
「どうやって? ここが何処だかわからないのに?」

ルークがそう言うと、ティアは岸の向こうを指差した。
その先に広がる光景は、きらきらと輝く広大な水面。

「ほら、向こうに海が見えるでしょう? あと、水音も聞こえるでしょう?」
「ああ」

ティアの言った通り、耳を済ませると水音が聞こえてきた。

「きっと、近くに川があるはずだわ。それに沿ってこの渓谷を下っていけば、海に出られるはずだわ。そして、海岸線を目指しましょう。街道に出られれば辻馬車もあるだろうし、帰る方法も見つかるはずだわ」
「ああ、わかった」

ティアのわかりやすい説明にルークは頷いた。

「さあ、いきましょう」

そう言うと、ティアは歩き出した。
ルークはその後に付いていった。





















「どうやら、ここが渓谷の出口みたいね」

川沿いに渓谷を下っていくと、突然ティアがそう言った。
途中、幾度か魔物と遭遇し戦闘になったが、ヴァンに鍛えられた剣術のおかげで、余裕で倒せた。
まさか、こんなところで稽古が役に立つなんて思っても見なかった。

「! 誰か来るわ」

ティアの言葉にルークは右手を腰にある剣に伸ばした。
闇の中から人の姿が現れて、ルークたちに気付くと、うわっと、声をあげた。

「あ、あんたたちまさか漆黒の翼か!?」

手には桶を持っていて、明らかに男は怯えていた。

「……漆黒の翼? 誰と間違えているのか知らないけど、違うわ」
「違う? …………そうか、間違えてすまなかったな」

ティアの言葉を聞いて、男はルークたちをよく見てそう言った。

「私たちは迷ってここに来ました。あなたは?」
「ああ、俺は辻馬車の御者だよ。この近くで馬車の車輪がいかれちまってね。……修理が済んだからここに水を汲みに来たのさ」
「馬車は首都までいきますか?」
「ああ、終点は首都だよ」

ティアの問いの男は頷いた。

「乗せてもらわないか?」
「……そうね。私たちあまり土地勘ないし」

ルークの言葉にティアは同意した。

「あの、お願いできますか?」
「首都までなら、一人一万二千ガルドになるが、……持ち合わせはあるかい?」
「高いわ……」
「首都に着いたら父上が払うが、それではダメか?」
「そうは言ってもね。前払いじゃないとね。あんたたちが嘘言っているとか、そういうことじゃなんだ。さっき言った漆黒の翼みたいな盗賊もいる。道中何があるかわからないんだ。だから例外なく、前払いとなっているのさ」

男の言葉を聞いたティアは、何か考え込むようにしていたが、大きく息をつくと首からペンダントをはずし、それを男に渡した。

「……これを」

男の手の中で鎖が、ちゃり、と鳴った。
ヘッドには大きな宝石が嵌っていて、月の光が不思議な光を放っていた。

「ほう……これは大した宝石みたいだな。……よし、いいだろう。水を汲んだらすぐ出発するから、ちょっと待ってな」

男はそう言うと、ペンダントをズボンのポケットにしまい、川の方へと水を汲みにいった。

「……よかったのか?」
「えっ?」

突然、ルークから話しかけられたティアは驚いたような顔をした。

「あのペンダント、大切なもののように見えたが……」
「ええ、でもいいの。そうしないと辻馬車に乗れないし」
「……すまない」
「ルークが謝ることじゃないわ。これはもともと私が引き起こしたことだし」

ルークが申し訳なさそうな顔をしたのでティアは笑ってそう言った。
そして、ティアはここで会った彼のこと思い出した。

――――もう、失くすなよ。

折角、彼が一生懸命探してくれたのに、簡単に手放してしまった。

(……ごめんなさい)

約束したのに、失くしてしまって。
ティアは、その場にいない彼に謝って渓谷を後にした。
























Rainシリーズ第2章第3譜でした!!
ルークとティアタタル渓谷へ飛ばされちゃいました。
そして、結局ティアさんアッシュが必死になって探したペンダントを渡しちゃうし……。
なんか、アッシュが可哀相だよ!!


H.19 3/21



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