夜空に響く美しい歌声。 その声の持ち主をアッシュはずっと前から知っている。 彼女のことをずっと前から……。 〜Shining Rain〜 真夜中、アッシュはダアトを抜け出し、タタル渓谷へとやってきた。 アッシュは時々、夜中にダアトを抜け出しては、セレニアの花を見にタタル渓谷へ行っていた。 すると、聞き覚えのある美しい歌声が聞こえてきた。 (この声は……) アッシュは声が聞こえるほうへと足を動かす。 そこに彼女がいた。 彼女は、美しく咲き誇るセレニアの花に向かって歌い続けていた。 長いマロンペーストの髪が風で美しく揺れていた。 (やっぱり、そうだ……) 彼女は間違いなく、ティアだ。 アッシュは瞳を閉じて暫く、彼女の歌声に耳を傾けた。 彼女の口から奏でられる美しい旋律はあの時とまったく同じだった。 アッシュは、もっと彼女に近づこうと思い足を踏み出したが、そのとき足元にあった小枝を踏んでしまい、パキっと音が鳴った。 「誰!?」 その音を聞いたティアは歌うのをやめ、こちらのほうに振り向きナイフを構えた。 「すまない。驚かせるつもりはなかったんだが」 アッシュはティアに素直に謝った。 「……いえ。いいの、こちらこそごめんなさい」 アッシュに敵意がないことを感じ、ティアは構えていたナイフをしまった。 「きれいな歌声だな」 アッシュはティアの隣に行きそう言った。 「あ、ありがとう。私、この歌声を褒めてくれたのは、兄さん以外であなたが初めてよ」 ティアは恥ずかしそうにお礼を言った。 「ところで、あなたはここによく来るの?」 「ああ、ここに咲いているセレニアの花を見に来るんだ」 アッシュにとってここは大切な場所だ。 ここから、すべてが始まった。 初めて訪れたときも夜で、そのときはセレニアの花を見る余裕すらなかった。 そして、この場所は今のアッシュにとって唯一『ルーク』に戻れるような気がした。 「魔物が出るかもしれないのに?」 「それは、お互いさまだろ」 「ふふ、そうね」 ティアは優しく笑った。 「私たちって、変わり者かもしれないわね」 「ああ、そうかもな」 ティアの言葉にアッシュは同意する。 (懐かしいな……) こうやって、ティアと話しているのがとても懐かしい。 今のティアには、俺と話すのが初めてなのに……。 「それに、……ここは約束の場所なんだ」 「約束?」 「ああ、大切な仲間たちと再び出会う場所なんだ」 エルドラントでティアたちに交わした約束。 本当だったら、俺はティアたちに会いにタタル渓谷へ行っていただろう。 でも、アッシュはそれを選ばなかった。 『アッシュ』に生きてほしいと望んだから……。 でも、ここへ来てしまうのはそれを忘れられない自分がいるからなのかもしれない。 今のティアたちにはそんな約束を交わしていないのに……。 「その仲間たちに会えるといいわね」 「……もう、会ったけどね」 「えっ?」 「えっ? い、いや、なんでもないよ!!」 つい口に出してしまった言葉をアッシュは何とか誤魔化そうとした。 「……ま、いいけど…………」 ティアはそう言って、再びセレニアの花を見つめた。 その横顔は月の光に照らせれて、とても綺麗だった。 すると、奥の草むらが風に揺られている動きとは異なる動きを見せた。 「! あぶない!!」 「えっ?」 アッシュは、ティアを押し倒すと、剣を抜いた。 さっきまで、ティアが立っていた位置に魔物が突っ込んできた。 アッシュはその魔物に向かって剣を振った。 剣は見事に魔物に命中し、魔物は音素へと還っていった。 「大丈夫か?」 魔物は、その一匹だけだったのでアッシュは剣をしまうとティアに話しかけた。 だが、話しかけてもティアは呆然としていた。 「……どうかしかのか?」 「……ないの」 「えっ?」 「ペンダントがないの」 ティアはあたりの探し出す。 「さっきまでは、首にかかっていたのに……」 その姿はとても必死だった。 そんなティアの姿を見て、アッシュもしゃがみ込んで辺りを見回す。 「俺も探すよ」 「えっ? でも……」 「大切なものなんだろ? 一人で探すより、二人のほうが効率がいい」 少し戸惑ったティアにアッシュは優しく言い、ティアとは違うところを探し出した。 「……ありがとう」 ティアは静かにお礼を言った。 あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。 未だにティアのペンダントは見つかっていなかった。 「……ありがとう、もういいわ」 「えっ?」 ティアはアッシュに近づきそう言った。 「もう何処探しても見つからないみたいだし。諦めるわ」 「な、何言ってるんだよ! あれはティ、……君とって大切なものなんだろ!! 簡単に諦めてたりするなよ!!」 アッシュはティアに怒鳴ると、再び探し始めた。 「…………」 どうして、この人はこんなにも一生懸命に私のペンダントを探してくれるのだろう。 今日、初めて会った見ず知らずの私の為に……。 すると、草陰から何かが光っているのをアッシュは見つけた。 そこに手を伸ばすと、あのペンダントが手の中にあった。 「……あった。あったよ!」 アッシュはすぐにティアの傍に駆け寄り、ペンダントをティアに渡した。 「……ありがとう」 ティアはペンダントを握り締め、アッシュにお礼を言った。 よかった、失くさなくて…………。 「もう、失くすなよ」 「えっ? あっ、ちょっと……」 アッシュはそう言うとタタル渓谷の出口のほうへと歩き出した。 ティアが声をかけてもアッシュは止まらなかった。 「……名前、聞いておけばよかったな」 でも、なんでだろう。 彼とは、今日初めて会ったのにとても懐かしい感じがした。 ずっと前から知っているような感じがした。 そして、再び会えるような気がした。 「よかった、ティアのペンダントが見つかって」 アッシュは胸をなでおろした。 あれは、ティアにとって大切なもの。 母親の形見なのだから。 俺のせいでそのペンダントをティアは手放してしまった。 もしかしたら、またそうなるかもしれない。 「……ティア、また会おうな」 でも今度会うときには、きっと敵同士だろうけど……。 Rainシリーズ第1章第7譜でした!! 本編が始まる前にどうしても、アッシュとティアを絡ましたくて書きました!! そうすれば、ティアのアッシュの見方が少し変わるのではないかと思ったからです!! 次で、いよいよ第一章完結です!! H.19 3/4 次へ |