「アッシュ、いるか?」 滅多に部屋を訪れないヴァンがこの日は訪れてきた。 「何か用ですか?」 急な任務でも入ったのだろうか。 アッシュはそう思い、壁に立てかけてあった剣を取ろうとした。 「イオン様がお前を呼んでいる」 「イオン様が? また、なんで」 そういえば、このところイオンが部屋に来ていなかった。 「イオン様が倒れられた」 〜Shining Rain〜 「失礼します」 ヴァンの後に続いてアッシュはイオンの部屋に入った。 ベッドには、顔色の悪いイオンが寝ていた。 ベッドのすぐ横にモースが椅子に座っていた。 「イオン様、アッシュを連れてきました」 ヴァンのその言葉にイオンは身を起こした。 「ありがとう、ヴァン。アッシュ以外は部屋から出て行って」 「しかし、イオン様……」 「出てけって言っているのがわからないの」 モースが言い終わる前にイオンは静かに言った。 その声は、アッシュが今までに聞いたことのない低い声だった。 「わかりました。では、失礼します」 ヴァンはイオンの言葉に素直に従い、部屋を出て行った。 モースはまだ不満そうだったが、渋々といった感じでヴァンの後に続いて部屋を出た。 この部屋にいるのは、アッシュとイオンだけとなった。 「アッシュ、もっと近くにきて」 いつもと同じような声でイオンは言った。 アッシュは、イオンの近くまで行き、さっきモースが座っていた椅子に腰掛けた。 「仮面外して」 イオンの頼みをアッシュは素直に聞き、仮面を外した。 仮面の下から、美しい翡翠の瞳が現れた。 その瞳を見ると、いつも心が安らぐ。 「アリエッタはどうした。一緒じゃないのか?」 アッシュの問いに、イオンは暗い顔つきになった。 「一週間前に僕が倒れてから、アリエッタには会っていない」 「…………」 「僕ね、もうすぐしたら死ぬんだよ」 イオンが静かに話すのをアッシュはそれを黙って聞いていた。 「預言でそう詠まれているんだ。だから、もう世界なんでどうでもよくて、ヴァンの計画に協力した」 イオンの言う、ヴァンの計画の協力は、たぶんレプリカイオンを作るためのデータ提供だろう。 「そう思っていたはずなのに……」 アッシュとアリエッタに出会ってからは毎日が楽しくて仕方なかった。 退屈だった公務も楽しく感じた。 『生きたい』と強く願っている自分がいた。 それはもう、叶わないとわかっていたのに……。 「……アッシュ、僕ね君にずっと聞きたいことがあったんだ」 「? ……なんだ?」 「アッシュは僕を通して誰を見てるの?」 「!!」 イオンの問いにアッシュは胸を打ち抜かれたような思いをした。 「ときどき、アッシュは僕の顔を見て僕とは違い誰かを見ている気がずっとしていた」 その顔を見るたびに不安になっていた。 アッシュが何処か遠くに行ってしまいそうで。 だが、イオンの問いのアッシュは答えようとしない。 「ねえ! 誰だよ!! 答えてよ、アッシュ!!」 イオンはアッシュの服を掴み必死で訴えた。 アッシュは誰にも渡したくない。そう思う自分がいた。 「……イオンだよ」 彼は短くそう言った。 「は? アッシュ、僕をバカにしているの?」 ここまできて、まだ彼は僕に嘘をつくのか。 「嘘なんかじゃない。俺は”イオン”を見ている」 「!!」 イオンはやっと理解した。 彼が「イオン」と呼ぶ人物。 それは、僕のレプリカだ。 イオン瞳から涙が零れ落ちた。 「! ……イオン!?」 アッシュはそれに驚いたような顔をした。 それはそうだろう。 彼は初めて、イオンが泣いているのを見たのだから。 「いやだ……アッシュ……何処にも行かないで…………っ!」 イオンはアッシュの服を強く握る。 その手は自然と震えていた。 いやだ! 渡したくない!! 例え、それが自分のレプリカだとしても。 いや、自分のレプリカだから、余計いやなのかもしれない。 すると、アッシュはイオンの手を優しく包んだ。 それがイオンには、とても暖かく感じた。 「……俺はお前を忘れない。お前はお前だ」 アッシュはそう言った。 たったそれだけなのに、なぜだろう。 とても安心してしまう。 誰か一人でも、自分のことを覚えていてくれる。 自分が生きていたことを。 「……さぁ、もういいから少し寝ろ」 アッシュはイオンをゆっくりと寝かせてやる。 それがとても心地よかった。 「アッシュ、眠るまで手を握っていてくれない?」 イオンはそっと手を差し伸べた。 「ああ」 アッシュはその手を包み込む。 手にアッシュの熱が伝わる。 この熱は、被験者でもレプリカでも関係ないんだなと、イオンは思った。 「ありがとう」 イオンがそう言うと、アッシュは笑って答えた。 その笑みは、イオンには暗闇を照らす月みたいだと思った。 (……なんか眠くなってきた) その笑みをもっと見ていたいのに。 そう思っているのに、徐々に瞼が重くなってくる。 そして、イオンは瞼の重さに耐え切れず、瞳を閉じた。 それと同時にアッシュが握っている手とは違う手がベッドから滑り落ちた。 「イオン?」 その様子を見ていたアッシュは、右手をイオンの顔の近くに持っていく。 すると、イオンが息をしていないのがわかった。 「イオン!!」 アッシュは思わず叫んだ。 その声を聞いてヴァンが部屋に入ってきた。 「……逝ったか」 ヴァンは静かにそう言った。 その声には、感情がまるで入っていなかった。 「アッシュ、お前は自分の部屋に戻れ。騒ぎが大きくなると困るからな」 ヴァンはアッシュを見ていった。 アッシュはそれに対して、仮面を付け部屋を出た。 本当は、ここにいたいが、人形を演じている今、それは出来ないだろう。 部屋に戻ってきたアッシュは、まず部屋に鍵を閉めた。 誰も入ってこれないようにするために……。 そして、アッシュは椅子に座った。 (……見たくなかった) 彼が死ぬところなんか見たくなかったのに……。 イオンが死んだときには出なかった、涙が今は自然と流れ出す。 今、アッシュにあるのは哀しみと後悔だ。 (ごめん、イオン……) 君を通して、イオンを見てしまったこと。 いまさら、謝っても遅いのに……。 もう、あのイオンはいないのに……。 それから、アッシュは泣き疲れて寝てしまうまで、ずっと泣いていた。 Rainシリーズ第1章第4譜でした!! 今回はオリジナルイオン様の死を書いてみました。 絶対イオンは独占欲が強いと思います。 なんだか、アッシュがかわいそうなことになってしまいました。 次の話には、シンクが登場します!! H.19 2/5 次へ |