「わぁ! 可愛いねぇ!!」 「本当、可愛いわ♪」 トレーニングセンターに着いた虎徹が目撃したものは、あの時と同じようにスヤスヤと寝息を立てて寝ている赤ん坊サムの姿だった。 その予想通りの展開に虎徹は、これから起こるであろうドタバタ劇の事を思うと溜め息をつかずにはいられなかった。 ~神様ゲーム~ 「…………で? 俺が?」 「そう」 アニエスの話を一通り聞いた虎徹は、面倒くさそうにそう言った。 虎徹アニエスから少し離れた所でバスケットに入られているサムをバーナビー、パオリン、アントニオ、ネイサン、そしてキースが覗き込んでいる。 そして、その近くのソファーではイオンが座禅を組んで精神統一をしていた。 「なになに? 誰、その子?」 「市長の息子」 「は?」 そこにカリーナも加わって、そう尋ねるとその問いにアントニオが答えた。 その言葉にカリーナは、不思議そうに首を傾げた。 「市長夫妻が急な公務が入ったとかで、虎徹に預かって欲しいんだと」 「「えっ?」」 そして、続けてそう言ったアントニオの言葉にカリーナだけでなく、バーナビーも驚いたのか、虎徹の方へと振り返った。 「……そんなの、ベビーシッターに預ければいいだろ?」 「それが最近、資産家の子供を狙った連続誘拐事件が多発してるから、ヒーローに預けた方がセーフティーだって市長がね」 「俺らは、市長の私物じゃねぇ!」 「とにかく、直々にご指名なの! サム君は、任せたわよ」 一応アニエスに文句を言ってはみたものの、それをアニエスが聞き入れる事がないのは分かっていた虎徹は、深く溜め息をついた。 (あっ、そうだ……) 「おい、アニエス!」 「……えっ? ちょっ、なっ、なに!?」 その場からさっさと離れようとするアニエスに対して虎徹は、咄嗟に彼女の腕を掴んで止めた。 その虎徹の行動にアニエスは、心底驚いたような表情を浮かべた。 「……お前さぁ、俺に何か言う事、ねぇのか?」 「えっ? べっ、別に……何もないけど……」 虎徹の琥珀の瞳に見つめられ、アニエスは自分の鼓動が速くなるのを感じた。 別に、タイガーに言う事なんてないはずなのに、非常にドキドキしてしまっている。 「嘘つくなよ。この赤ん坊……NEXTとかじゃねぇのか?」 「えっ? あっ……そっち……」 だが、次の瞬間、眉を顰めてそう言った虎徹の言葉にアニエスは、心底がっかりしてしまった。 っていうか、私は一体タイガーに何を期待していたのよ……。 「……で? 結局、どうなんだよ?」 「…………そうよ。サムは、テレキネスのNEXTだから、気をつけなさい」 「……何か、お前。さっきから機嫌悪くねぇか?」 「! だっ、誰のせいよ! とにかく、後は任せたからね!!」 不思議そうに自分の事を見つめる虎徹に対して、アニエスはそう吐き捨てるように言うとさっさとトレーニングセンターを出ていってしまった。 この時、アニエスの顔が仄かに赤くなっていた事に虎徹は、気付きもしなかった。 「はぁ……。何で、俺がこんな事……」 「お似合いですよ」 「ホントホント♪」 「将来いいパパになるんじゃない?」 そう言って溜め息をつく虎徹に対して、バーナビー、ネイサン、そしてカリーナが茶化すようにそれぞれ言った。 それを聞いた言葉は、思わず眉を顰めた。 「はぁ?」 「こいつは、既にいいパパだぞ」 「「「「「「えっ?」」」」」」 虎徹を除き、アントニオの言葉を聞いた全員が一斉に声を上げ、驚きの表情を浮かべた。 「どっ、どっ、どういうこと!?」 「シー! ……言ってなかったか?九歳になる娘がいるって」 明らかに動揺しているカリーナの声にサムが少しぐずり出したのを見て、虎徹は咄嗟に小声でそう言った。 虎徹の中では、一度仲間に話したつもりだったのだが、そう言えば時間が戻っていた事を改めて思い出した。 「むっ、娘……!?」 「ってことは、当然ワイフも!?」 「いや。五年前に病気でな」 「「「「「「…………」」」」」」 虎徹の言葉に更に動揺するカリーナ。 逆にネイサンは、目を輝かせてそう訊いてきたので、虎徹はなるべく平然を装ってそう言った。 だが、それが良くなかったのか、それを聞いた彼らの表情は、触れてはいけない話題だと感じたようで、空気が重くなるのを虎徹は感じた。 そんな皆の反応に困ったように虎徹は頭を掻いた。 「あぁ。そういう湿っぽいのは、なしだ。……苦手なんだよ」 「……あぁ、なるほど! それで、ワイルド君に白羽の矢が立ったわけか! さすが、ワイルド君だ!!」 「!!」 虎徹の意図を察したのかまではよくわからなかったが、キースが明るく大きな声でそう言った為、場の空気が少しだけ和らぐ。 だが、その声に驚いたのか、サムの目がパッチリと覚めてしまった。 (あ゛っ……やば……;) それを見た虎徹は内心焦りだす。 以前の時は、自分の笑顔がきっかけでサムが大泣きし、NEXT能力を発動させてしまい、この場を大混乱にさせてしまった事をよく覚えていたからだ。 それをわかってはいつつも、虎徹はサムの顔を覗き込まずにはいられなかった。 ここで何もせずに大泣きされるよりは、幾分かはマシだと考えたからだ。 「あ……あははは; よく……ねむれまちゅたか?」 そして、覚悟を決め、サムへと笑顔を見せてやる。 大丈夫。また、泣いたら今度はすぐにドラゴンキッドに託せばいい。 そう思っていたのだったのだが……。 「…………だあだぁー!」 「!!」 だが、その虎徹の予想に反して、サムは大泣きする事はなかった。 寧ろ、虎徹を見て嬉しそうに笑い、抱っこをねだるかのように小さな手をこちらへと伸ばしてくる。 (なっ、なんで……?) ――――あー。……もしかすると……アレかもなぁ? そのサムの思ってもみない行動に虎徹は、戸惑いを隠せなかった。 だが、そんな状況を見て何やら結論を導き出したかのようにクロノスはそう呟いた。 (おい、トキ。どうなってるのかわかるのか?) ――――大体は、な。偶にいるんだよ。時間を巻き戻しても対象外以外でも影響されない奴がさぁ。特にこういった幼い子供とかがな。 (それって、つまり……?) ――――結論から言うと、この赤子は、お前の事を憶えている可能性が極めて高い。 (!おっ、おい! それって、大丈夫なのかよ!?) ――――まぁ、赤子なら、問題ないだろう? 幼児健忘という言葉を虎徹は、知っているか? 赤子は、海馬の発達が不十分だから、一般的には三歳以前の記憶は、残りにくい。時が経てば、時期に忘れる。 (けっ、けどさぁ……) クロノスの説明に虎徹は、それでも困惑せずにはいられなかった。 トキの言っている事がもし本当だとしたら、サムの他にも時間が戻る前に事を憶えている子供がいるって事じゃないのか? もし、そうだとしたら、その子たちは、今どんな思いでこの時を過ごしているんだよ……。 「…………タ……タイガーってばっ!!」 「へっ? ……あ゛っ、しまっ――」 「うえええぇぇぇ!!」 「!!」 トキとの会話は考えにふけてしまった為、ネイサンに呼ばれている事にもなかなか虎徹は、気付かなかった。 そして、漸く気が付いた時には、もう遅かった。 虎徹に抱っこしてもらえなかったことで機嫌を完全に損ねてしまったサムは、ついに泣き出してしまった。 その瞬間、サムのNEXT能力が発動してしまった。 近くにあった自販機が吹き飛び、天井のタイルが音を立てて外れていく。 それに驚いたバーナビーが振り向くと、壁に貼られていたヒーローの写真がバラバラと床に落ちていく。 更に、パオリンの視線の先では、照明機器が落下しそうになっていた。 「あ゛っ; ……やっちまったわ;」 「何やってんのよ! 早く泣き止ませて!!」 「OK! ここは、私に任せなさい!」 思わずそう呟いた虎徹に対して、ネイサンは慌てたようにそう言った。 それに対して、何故だか自信ありげに笑顔を見せたキースが親指を立てて名乗りを上げる。 「あっ、いや……。スカイハイには……」 「大丈夫だ、ワイルド君! すべて私に任せてくれたまえ!!」 「けど……あっ、おい……」 正直、今すぐにでもパオリンに任せたかった虎徹だったが、そんな事など知らないキースは泣きじゃくるサムを両手でしっかりと抱き上げた。 そして、キースはサムを上げたり、下げたりしてあやし始めた。 「高い高~い! スカーイハ~イ、はは~!!」 「マァマァ! だあだぁー!!」 そして、そのまま勢いよく空中に放り投げ、宙に舞うサムを見事両手でキャッチした。 それが、余程怖かったのだろう。 サムは、前回同様、また激しく泣き出してしまった。 「そして、スカ……イ…………代わってもらいたい」 「いや、だから――」 「うし! 俺に任せとけ! いないいない……ばあっ!」 「マァマァ!!」 それに心が折れてしまったのか、キースはアントニオにサムを託してしまう。 サムを受け取ったアントニオは、舌をベロベロと出して何とかあやそうとするのだが、サムは激しく泣き続ける。 そりゃぁ、そうだろう。 必死にあやしてくれている事はわかるのだが、アントニオの顔は虎徹から見ても怖いと思うし……。 「ダメだ。……タッチ!」 「ぼっ、僕は…………無理です!!」 「あたしも無理無理!!」 「マァマァ! だあだぁー!!」 「あっ、あのさぁ――」 サムをあやす事を諦めたアントニオは、サムを今度はイワンへと託した。 だが、子供などあやした事などなかったイワンは、余程自信がなかったのか、すぐさまネイサンへと渡そうとした。 そんなイワンの行動にネイサンは、両手を振って受け取りを拒否した。 それを見ていた虎徹は、ここがチャンスとばかりにパオリンにサムを託すことを提案しようと口を開いた。 「あの……。ここは、女性の方がいいのでは? ママって言ってますし」 (バニー! 今、その言葉は余計だっ!!) ――――流石だな。お前の相棒は♪ 「あらぁ♪ んふ、いい子ね……」 だが、それを遮るかのようにバーナビーがそうネイサンに提案してしまい、内心虎徹は頭を抱えた。 そんな虎徹の様子を見て、クロノスは他人事のようにそう言う。 バーナビーからそう言われたネイサンの方は、嬉しそうな表情を浮かべると、そのままサムを抱き上げた。 そして、優しく頬ずりをし、キスをしようとそのまま唇を近づけようとした。 「! ……だあだぁー!!」 それに対してサムは、体中から衝撃波を出し、激しく抵抗する。 その結果、ネイサンの頭に天井から落ちてきたタイルが直撃した。 「もう! 失礼しちゃうわ!!」 「おい! ブルーローズ、頼む!!」 「…………ムスメ……ワイフ……。はは……」 (……何か、ブルーローズの奴、大丈夫か?) ――――……虎徹。今は、そこをお前が触れてやるな。……彼女が、可哀想だからなぁ; (はぁ? なんかよくわかんねぇけど……わかったよ) そのサムの行動にネイサンはそう言い、アントニオは、女性であるカリーナの力を借りようと声を掛けたが、カリーナの様子は明らかにおかしかった。 眉をピクピクと動かし、何かを言いながら何故だが放心状態となっている。 以前の時は、サムに気を取られていて周囲の事まで目がいかなかった虎徹だったが、流石に今回はそれに気付き心配になった。 何か声を掛けた方がいいのかとも考えたのだったが、トキに静かにそう諭されたので、とりあえずここは何も言わないでおくことにした。 「ダメだ! 何か、壊れてる! ……じゃぁ、ドラゴンキッド!!」 「ボクは、ダメだよ! 女の人じゃないと!!」 ここで漸くパオリンの番に回ってきたのだったが、当の本人は両手を上げて拒否した。 「お前、女だろ?」 「でっ、でも、ボク女っぽくないし……」 「大丈夫だよ。ファイヤーエンブレム!」 「ほーら、いいから抱く!」 「ちょっ、ちょっと……!」 虎徹の言葉を聞いても、尚も自信なさげに答えるパオリンに対して、虎徹は優しくそう言った。 その言葉を受け、ネイサンが半ば強制的にサムをパオリンに押し付けた。 ネイサンのその行動に慌てつつも、パオリンはサムの事を優しく抱いた。 そして、その途端、サムはピタリと泣き止むと笑顔を見せた。 その様子を見て、一同は漸く安堵の表情を浮かべた。 「ママァ……」 「よかったなぁ。気に入られたみたいだぞ」 「だあだぁー……。ママァ♪」 「……ニイ、ハオ……;」 虎徹とパオリンの顔をちゃんと確認できたことが余程安心したのか、ご機嫌そうに二人を見つめてサムはそう言った。 それに対して、パオリンはかなり引き攣った笑顔で抱き上げたサムにそう挨拶をするのだった。 神様シリーズ第4章第15話でした!! はい。結局こういった展開になっちゃいましたwww 赤ん坊に振り回されるヒーローが面白くて仕方ない私です。 虎徹さんとしては、すぐさまキッドちゃんにサムを任せたかったのですが、何だかんだで虎徹さんへのポイント稼ぎを頑張りたいメンバーがそれを邪魔してますね; おそらくですが、カリーナちゃんへのダメージは、本編以上かもしれませんね; R.3 10/31 次へ |