「…………でっかくなったなぁ。お前が父ちゃんを操ってたんだろ?」 「…………違う」 虎徹の問いにそう小さくラーニョは、呟いたのを聞いてバーナビーは眉を顰めた。 この状況でまだ言い逃れする気だろうが、そうバーナビーは思った。 「せっかく出所したのに怖気づいて、あんたへの復讐を拒んだ……。あんな奴……父ちゃんじゃない! やらなきゃ、カルテ・ダ・ジョーコの名が廃る! だから、私が勝手にやってやっただけだ!!」 「!!」 だが、次にそう言い放ったラーニョの言葉にバーナビーは、心底驚くのだった。 ~神様ゲーム~ 「昔の父ちゃんは、強くてカッコよくて、皆のヒーローだったのに! あんたは、私の目の前で父ちゃんを奪ったんだ!!」 「っ!!」 ラーニョのその言葉に虎徹は、思わず息を呑んだ。 以前もこの言葉は言われたが、やっぱり何度聞いても慣れる事はなかった。 十年前のあの日、カルテとの約束を俺は、ちゃんと守る事が出来なかった。 カルテの命を守る事を優先してしまった結果、彼女の目の前でカルテを確保する事になってしまった。 だから、彼女の恨まれる事は、仕方ない事だった。 「……それは、違うぞラーニョ。……私は、あの時……タイガーに救われたんだ」 「…………えっ?」 そんな虎徹の思考を遮るかのようにカルテがあの時と同じように真実を語り始めた。 タイガーに追い詰められたカルテは、あの提案を持ち掛けた。 最後に娘――ラーニョの顔が見たい。 彼女の誕生日を祝えたら、大人しく捕まるからそれまで待って欲しいと、タイガーに頼んだ事。 タイガーは、その頼みを聞き入れてくれた事。 タイガーに見送られ、カルテはラーニョの許へ向かおうとした事。 だが、タイガーは突如その約束を破り、カルテの顔を殴りつけてカルテを確保した事。 これがヒーローのやり方なのか、とカルテはタイガーの事を心底失望した事。 だが、その考え自体が間違いであった事を警察に連行される途中で見かけた賞金稼ぎの姿を目に捉えた時に思い知らされた事を……。 「タイガーは、俺の頼みを聞いた上で……賞金稼ぎから俺の命を守ってくれたんだ……」 「そっ、そんな……。じゃぁ、私は、何の為に十年……」 カルテから真実を聞かされたラーニョの瞳から涙が溢れ出す。 そして、そのままその場に力なく座り込んでしまった。 自分が犯してしまった過ちに気付いてしまったから……。 「後生だ、タイガー……」 そんな娘の姿を見て、カルテは虎徹に身体を向け、居住まいを正す。 「俺は、どうなっても構わない! だが……娘だけは、見逃して欲しい! マネキン工場の火事も俺を操る練習中に起きた事故なんだ! 全部、俺の為を思って……」 「父ちゃん、やめてよ!!」 「…………」 カルテはそう言って頭を下げ、必死に虎徹に頼み込んだ。 カルテの行動にラーニョは驚き、彼に抱きつきその行為を止めさせようとする。 そんな二人のやり取りをバーナビーは、ただ静かにこの状況を見守っていた。 この話は、僕が口を挟むべき事でない。 全ては、この男の判断次第だ。 おそらく、この男は、彼女だけでなく、カルテの事も見逃すと言うだろう。 この男は、非常に甘いのだ。 そう言いだした時は、いつでも反対できるように待機だけでもしておこう。 「…………悪いが……その頼みは、聞けねぇな」 「「「!!」」」 だが、実際に虎徹から発せられた言葉にカルテ親子だけでなく、バーナビーも驚く事になる。 「子供の尻拭いをするのは、簡単さ。けどよ……それは、親の愛じゃねぇ。親のエゴさ。……だから、しっかり罪を償わせるんだ」 「でも――」 「父ちゃん……」 説得力のある虎徹の言葉にバーナビーは正直驚き、何も言えなかった。 だが、カルテはそれでも尚、口を開こうとするが、それを遮ったのは、ラーニョだった。 「こんな、酷い娘なのに……庇ってくれて、ありがとう。……私の帰り、待っててくれる?」 「! ……あぁ、もちろんだ」 涙を流しながらラーニョは、そう言ってカルテの事を優しく抱きしめた。 虎徹の言葉を聞いたラーニョは、己が犯した罪とちゃんと向き合う覚悟が出来ていた。 それを理解したカルテを涙を流しながら、ラーニョの身体を優しく抱きしめて応えてやる。 こうして、この事件は、無事に解決したのだった。 「……いつから気付いてたんですか? カルテが操られてるって」 事情聴取の為、カルテ親子を警察に引き渡した後、そうバーナビーは虎徹へと尋ねた。 僕には、カルテが操られていた事には全く気付けなかった。 それだけ、あのラーニョという少女のNEXT能力は高く、この男へ復讐する為、日々練習してきたのだろう事がわかった。 だが、それをこの男は、意図もあっさりと見抜いてしまった。 この差が一体何なのか、それが知りたかった。 だが、その問いを訊かれた当の本人は、少し困ったような表情を浮かべながら両手を上げてストレッチを続けている。 「んー……いつからって、言われてもなぁ; ……昔は、もっとお喋りな奴だったんだよなぁ、あいつ」 「えっ? そんな、理由……?」 そして、返ってきた回答にバーナビーは、心底驚いた。 そんな些細な事でこの男は、カルテが操られていた事を見抜いたというのか? 正直、ありえないと思った。 他にもっと何かあるはずだ。 それなのに、この男はその手の内を僕に明かそうとしない。 やっぱり、この男は……。 「いててて……」 「!!」 だが、虎徹のその声を聞いたその瞬間、バーナビーは虎徹が手負いであった事を思い出した。 そうだ、この男は、手負いにも関わらず、あのカルテの攻撃から逃げ回り、この倉庫までやってきた。 そして、僕がここに辿り着けるようにご丁寧に最小限の目印を残して……。 もし、僕がそれに気が付かなかったら、この男は今頃一体どうなっていたのだろうか? きっと、この男はそんなに深くまで考えていなかっただろう。 ただ、あの親子を助けたいと思って行動していたのだから……。 だからこそ、無意識に思ってしまう。 もっと、貴方の身体を大切にして欲しいと……。 "その身体は、もう貴方一人の物ではないんですよ"、と……。 「…………あの……おじさん。け……」 その無意識な想いが勝手に僕の唇を動かす。 「怪我の具合――」 「ボンジュール。タイガー」 「あ゛っ;」 だが、その声を別の声が遮る。 その方向に目を向けると、アニエスをはじめとする他のヒーロー達の姿があり、それを見た彼は思わず後退りをした。 「よくも、俺らを騙してくれたな!」 「あの後、大変だったんだからね!」 「賠償請求もきっちりさせてもらうわよ!」 「あんた。何か奢りなさいよっ!!」 「なっ! 何でだよ!?」 「…………」 彼らに言い寄られるこの男の様子を見て、何だか今考えている事が全て馬鹿馬鹿しくバーナビーは思えてしまった。 そして、バーナビーは、一息をついた。 「…………大体、おじさんはですね……」 「なっ! バニーちゃんまで、そっちの味方なの!?」 この男の事を心配するのは、とりあえず彼らと共に小言を言ってからでもそう遅くはないだろう。 そして、その後には今度こそ必ず言おう。 『怪我の具合は、大丈夫ですか?』と……。 「…………おや? 珍しいですね。ボスがテレビを。しかも、ヒーローTVを観ているだなんて」 「ひっどいなぁ、ケイト。ボクだって、テレビくらい、観たい時だってあるんだよ」 シュテルンビルトのとあるビルの一室でテレビの前に座っている子供にそう男が声を掛けると、子供は不満そうに頬を膨らませてそう返した。 「……けど、今回の中継は、なかなか見応えがあったよ。特にワイルドタイガーがね」 今日の放送予定では、ファンミーティングの会場からの中継というつまらないものだろうと思っていたが、実際はそうではなかった。 一般市民達は、アレをイベントの演出の一部だと思っただろうが、決してそうではない。 必要最小限の被害だけでワイヤーを駆使して襲撃犯から逃げ回るワイルドタイガー。 その結果まではテレビでは、放送されていなかった事に少々不満を感じたが、それでも充分見応えがあったと言える。 故に、子供は、タイガーに対しての興味が益々強まっていった。 「……ボスは、すっかりタイガーがお気に入りなんですね」 「当ったり前だよ。アレは、ボクのおもちゃであるんだからさぁ♪」 子供にケイトと呼ばれた男の言葉にそう言って悪戯っぽく笑って子供は答えた。 「…………流石、あいつが"あそこまで"して守ろうとしたおもちゃってだけはある。……これは、ひょっとするとひょっとしたら、今回のは本当に当たりかもしれない……」 「……? 当たり、とは?」 「そこは、ケイトが気にする事じゃないよ」 ケイトの問いに子供は、子供らしからぬ大人びた笑みを浮かべてそう言った。 そう。この事をまだ知っているのは、他でもなく、ボクとあいつだけ。 っと言っても、あいつは、その事すら気付いていないのだろうけど……。 そして、ボクという存在そのものにも……。 だからこそ、余計に腹が立つ。 あいつが大切にするものを、全て壊すか、奪い去ってしまいたいくらいに……。 「さーて。……これから、どうやって、遊ぼうかなぁ?」 どうやって、あの"おもちゃ"を壊す遊びをしようかなぁ? お前は、今度はどうやって止めるんだろうね? なぁ、クロノス……。 神様シリーズ第4章第13話でした!! はい。これにて漸くカルテ事件編が完結となります。 この後、ちゃんとバニーちゃんが虎徹さんにあの言葉を言えたのかどうかは、謎ですが;(この辺小ネタあたりでも書けたらいいなぁ) そして、ちょくちょくちらつくウロボロスのボスとクロノスの接点も気にしつつ書いていきました。 次回からは、パオリンちゃんのお話を書いていきます♪ R.3 4/12 次へ |